我々は動物の腎臓病について、より早く、もっと簡単に診断できる方法を模索しています。腎臓病、特に慢性腎臓病(CKD)は日本国民の「8人に1人が罹る国民病」であり、動物も腎臓病に罹ります。近年、CKDを患うイヌやネコが増えており、CKDに起因する慢性腎不全はこれらの動物の死亡要因上位を占めます。
腎臓病は、腎機能低下のサインを血液や尿の検査結果から読み取ることで診断されますが、腎機能が低下する頃には腎臓の細胞にもすでに病的な変化が現れています。もっともっと早い時期に腎臓病を診断することができれば、腎臓病の進行を食い止め、この国民病からヒトおよび動物を救うことができると考えています。
腎臓病の進行を反映し、かつ尿中に現れる生物学的サイン(バイオマーカー)に着目して研究を進めています。これまで、腎臓病に罹患したヒトおよび動物の尿に特定の「核酸、特にmRNAとmicroRNA」が出現することを明らかにしてきました。腎臓病モデル動物やヒトおよび動物の臨床サンプルを解析して、新たなバイオマーカー候補を模索すると共に、その診断指標としての有用性を評価しています。
① 腎臓病バイオマーカーとなる候補物質は何なのでしょうか?
腎臓の細胞が産生する核酸(mRNA、microRNA)を調べています。腎臓病モデルマウスの腎臓を解析し、腎臓病の早期に“量が変動する核酸”を遺伝子発現解析法によって見つけます。
②
腎臓病バイオマーカー候補はどのように腎臓病を反映しているのでしょうか?
腎臓は少なくとも20種以上の細胞が組み合わさって出来ており、他の諸臓器に比べて複雑な構造を有します。腎臓病モデル動物やヒト、イヌ、およびネコの臨床サンプルを調べ、腎臓のどの細胞がバイオマーカー候補を生み出すのか、また、どのように腎臓病に関わるのかを明らかにします。
③ 腎臓病バイオマーカー候補はどのように尿中に出現するのか?
腎臓病モデル動物やヒト、イヌ、およびネコの尿を調べ、バイオマーカー候補がいつ、どのように出現するのか調べます。
特にmicroRNAには以下のような利点があります。
まず、イヌとネコでは腎臓に発現するmicroRNAが不明でした。特にネコではその配列も明らかではありませんでした。我々は次世代シークエンス法を駆使し、健常なイヌ・ネコの腎臓に発現するmicroRNAを同定しました(http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0034528814000277)。
これらのデータは獣医学におけるmicroRNA研究の基礎データになると考えています。
図1. 次世代シークエンス法で同定したノンコーディングRNAの種類
一方、CKDモデルマウスの腎臓に発現するmicroRNAの発現を網羅的に解析し、バイオマーカー候補の選抜を試みました。
結果、CKDマウスの糸球体でアップレギュレートするmiR-146aを同定し、その発現増加は尿細管間質病変の進行に関与することを発見しました。miR-146aはNFκBシグナリングを調節するmicroRNAであり、尿細管間質では「炎症」の制御に関与すると考えております。
図2. マウス腎臓におけるmiR-146aの発現
では、糸球体病変に関与するmicroRNAは無いのでしょうか?続いて、ダイナビーズ灌流法でCKDマウスの糸球体を単離し、網羅的発現解析によってバイオマーカー候補の選抜を試みました。
結果、miR-26aの糸球体内発現がCKDマウスで低下していることを発見しました。興味深い事に、miR-26aは動物種に共通して糸球体、特に足細胞に発現していました。
図3. 動物の腎臓におけるmiR-26aの発現
レーザーマイクロダイセクション-TaqManPCR法。
これまでのin vivo及びin vitroの結果から、miR-26aは足細胞機能関連分子や細胞骨格関連分子の発現制御に関与しており、その発現低下が足細胞の機能形態異常に関与すると考えています。
図4. miR-26aが関与する足細胞の機能形態制御
興味深い事に、miR-26aは尿中のエクソソーム(小胞)中に出現し、その含有量はCKDに罹患したマウスとヒトで変動する事を明らかにしました。エクソソームはmicroRNAを内包するカプセルのようなものであり、近年、バイオマーカーとしての役割が注目されています。
尿中のエクソソーム・microRNAはヒトおよび動物のCKD診断に有用であると考えており、今後はその有用性を検証すべく、臨床病理学的解析を進めて行きます。
本研究の一部は、科学研究費補助金(No.13J00961, 24688033, 15H05634)の助成を受けて行っております。