女性の出産可能期間には“閉経”という終わりがあります。将来、卵となる原始卵胞の数は、出生前にその数が決められ、出生後は卵巣の中にストックされています。性周期に伴い発育し排卵される卵胞はごく一部で、ほとんどは加齢とともに自然に死んでいきます(卵胞閉鎖)。
卵胞のストックが100個程度を下回ったときに女性は閉経を迎え、日本人の平均閉経年齢は約50歳とされています。しかし、なんらかの原因によって、40歳未満で無月経や性ホルモン値の異常を伴って閉経する疾患を“早発閉経”とよび、女性の約100人に1人が罹患する疾患です。
自己免疫疾患は早発閉経の原因のひとつと考えられており、特に30歳未満での閉経患者の70%程度は自己抗体を有しています。そこで、私達は自己免疫疾患が早発閉経を導くメカニズムを解明するために、自己免疫疾患モデルマウス卵巣の機能形態を経時的に解析しました。
MRL/MpJ-lpr/lprマウスは、MRL/MpJマウスのFas変異個体で、自己反応性T細胞の蓄積によりMRL/MpJマウスよりも重篤な全身性自己免疫疾患を発症します。MRL/MpJ-lpr/lprマウスの発情周期は6ヶ月齢で周期性を失い、C57BL/6マウスやMRL/MpJマウスよりも早く発情周期異常を示すことを明らかにしました(図1)。
図1. マウスの発情周期
また、3ヶ月齢時からMRL/MpJおよびMRL/MpJ-lpr/lprマウスの卵巣内原始卵胞数はC57BL/6マウスよりも少なく、特にMRL/MpJ-lpr/lprマウスは総卵胞数や黄体数も少ないことがわかりました(図2)。
図2. 3ヶ月齢マウスの卵胞・黄体数
MRL/MpJ-lpr/lprマウス卵巣の間質には、閉鎖卵胞の内卵胞膜由来であり、テストステロンを分泌する間質腺が3ヶ月齢から発達し、血中テストステロン値も他系統よりも高い傾向があることがわかりました。また、卵巣間質へのT 細胞とB細胞の浸潤が観察され、その一部は卵胞を取り囲んでいることを明らかにしました(図3)。
図3. マウス卵巣の間質腺とT細胞
現在は、自己免疫疾患がMRL/MpJ-lpr/lprマウスでみられた卵巣の表現型を導くメカニズムを解析しています。健常な卵巣内にもマクロファージやT細胞、サイトカインといった免疫因子が存在し、排卵や黄体退行などの卵巣機能を制御していると考えられていますが、そのプロセスには不明な点が多く残っています。自己免疫疾患による免疫破綻が卵巣の機能形態に与える影響およびそのメカニズムを明らかにすることで、卵巣内での免疫因子の働きを考えていくことも期待されます。
受精には「卵巣から排卵された卵子が卵管にピックアップされる」プロセスが必須です。つまり、卵管は排卵卵子を腹腔内に落とさないように機能しなければいけません。この機能の障害はピックアップ障害と呼ばれ、不妊症を招きますが、その病態は未だ明らかではありません。そこで私達は自己免疫疾患モデルMRL/MpJ-lpr/lprマウスの卵管に着目し、その形態機能解析を行いました。
まず、ピックアップ機能には確立された評価方法がなかったので、「卵子ピックアップ効率」を測定する方法を編み出しました。マウスの卵巣で観察される排卵の傷跡の数を「排卵卵子数」、排卵され卵管にピックアップされた受精待ちの卵子の数を「ピックアップ卵子数」として数え、その割合として「卵子ピックアップ効率」を計算しました(図4)。するとMRL/MpJ-lpr/lprマウスの卵子ピックアップ効率は、正常なC57BL/6マウスと比べて低下していました。
図4. 卵子ピックアップ効率測定法
次に私達は、ピックアップ障害を持つMRL/MpJ-lpr/lprマウスの卵管の形態がどのように変化しているのか?そしてその形態がどのようにピックアップ機能に影響を与えるのか?を明らかにしようと考えました。卵子のピックアップ機能には、卵管が排卵された卵子を迎えに行くために動くことが必要といわれています。加えて、卵管の表面にびっしり生えた線毛が同じ方向に揺れて卵子を卵管の中へ運ぶことも必要といわれています。これを踏まえてMRL/MpJ-lpr/lprマウスの卵管漏斗部を観察してみると、C57BL/6マウスのものと比べて、大きく腫れあがっていました。さらに、MRL/MpJ-lpr/lprマウスの卵管の線毛は数が少なく、生えている向きもバラバラでした(図5)。このように、ピックアップ障害の卵管には形態の異常があったのです。
図5. マウス卵管漏斗部の超微形態
今回明らかとなった卵管の機能形態異常を引き起こす原因として最も考えられるのは、MRL/MpJ-lpr/lprマウスのもつ自己免疫疾患です。自己免疫異常はどのようにピックアップ障害に影響を与えているのか?はたまた与えていないのか?この疑問を明らかにすることが、次の私達の課題です。