RESEARCH

公衆衛生学教室では、主にフラビウイルス感染症、ハンタウイルス感染症を対象として基礎研究と疫学研究を実施しています。
基礎研究は、ウイルス感染モデル動物から電子顕微鏡を用いた細胞の解析まで、マクロからミクロの視点で、ウイルスの動態や病態発症の分子メカニズムの解明を目指しています。
疫学研究は、主に北海道の野外の齧歯類やマダニを対象としたフィールド活動を行い、ウイルスの伝播経路や生態の解明を目指しています。

また新型コロナウイルス感染症や重症熱性血小板減少症候群など、新しく問題となっているウイルス性感染症に関する研究も実施しています。

フラビウイルス感染症

フラビウイルス科フラビウイルス属のウイルスが原因となる感染症で、日本脳炎、ウエストナイル熱/脳炎、
デング熱、ダニ媒介性脳炎など、ヒトに対して重篤な病気を引き起こす人獣共通感染症が多く含まれます。

フラビウイルスは、自然界では蚊やダニなどの節足動物がウイルスの伝播に重要な役割を果たすことが特徴であり、ヒトや動物はウイルス保有節足動物の吸血により感染します。

フラビウイルスの脳炎発症メカニズムの解明に関わる研究

ウエストナイルウイルスやダニ媒介性脳炎ウイルスはヒトに対して重篤な脳炎を引き起こしますが、その病態形成の分子メカニズムはほとんど明らかになっていません。これらの分子メカニズムを明らかにすることで、特異的治療法の開発につながります。

当研究室では、変異を導入したフラビウイルスの作出系を開発し(Kobayashi S et al., J Virol Methods, 2017, Takahashi Y et al., J Gen Virol, 2020)、この実験系を用いて脳炎病態の発症に関わる分子メカニズムを解明してきました。

その中で、ウエストナイルウイルスが感染した脳内の神経細胞に、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患で蓄積が認められるユビキチンで標識されたタンパク質が蓄積していることを発見しました(Kobayashi S et al., Neuropathology, 2012)。また、このユビキチン化タンパク質の蓄積はウイルス感染によってオートファジーが抑制されることによって起こることを明らかにしました(Kobayashi S et al., PLoS Pathog, 2020)。現在、ユビキチン化タンパク質の同定や、蓄積メカニズムの解明に向けて研究を進めています。

ダニ媒介性脳炎ウイルスの疫学研究

1993年に北海道の道南地域で日本で初めてダニ媒介性脳炎患者の報告があり、当研究室の疫学研究により、同地域を含む北海道南部にダニ媒介性脳炎ウイルスの流行巣が存在することが明らかになりました。
その後、20年以上ダニ媒介性脳炎の患者の報告はありませんでしたが、2016年以降、患者の発生が相次いで報告されており、流行状況の実態の把握や対応が重要視されています。

我々は日本におけるウイルスの分布や疫学的危険度を明らかにするために、野外や動物からマダ二を採集し、ウイルスの分離や特異抗体の保有状況を調査しています。
これまでの調査から、北海道の広い地域にかけてダニ媒介性ウイルスの流行巣が存在することが明らかになってきており、北海道以外でも西日本地域を中心に流行巣の存在の可能性が示されています。

フラビウイルスの新規血清学的診断法の開発

ダニ媒介性脳炎ウイルスやウエストナイルウイルスはBSL3実験施設で扱う必要があり、多くの研究・検査機関において診断が実施できない状況があります。

当研究室ではウイルス工学的技術を用いて、ウイルス粒子を模した感染性を持たない人工の粒子(ウイルス様粒子)を作製し、新しい感染抗体検出方法を開発しました(Inagaki E et al., Ticks Tic Borne Dis, 2016)。

開発した診断系の精度は高く、BSL3実験施設の必要性もないため、簡易診断として有効と考えられます。
この診断法は地方の衛生研究所や検査機関へ導入され、患者の診断や動物を対象とした流行巣の調査へと応用されています。

現在進行中の研究

  • ウエストナイルウイルスの中枢神経組織への侵入部位および、そのメカニズムの解明
  • 北海道に飛来する野鳥におけるウエストナイルウイルスの血清疫学的調査
  • ダニ媒介性脳炎ウイルスの神経病原性発現メカニズムの解析

ハンタウイルス感染症

ハンタウイルス科オルソハンタウイルス属のウイルスが原因となる感染症で、人に対して腎症候性出血熱・及びハンタウイルス性肺症候群を引き起こします。

様々な野生動物がハンタウイルスを保有しています。北海道の野ネズミも本ウイルスを高率に保有するので、人の疾患との関連やウイルスの起源などについて研究を進めています。

ハンタウイルス感染症の疫学的研究

世界中で様々なげっ歯類が人に病原性を有するハンタウイルスを保有しています。人はハンタウイルスに感染したげっ歯類の排泄物を吸い込むことによって感染し、腎症候性出血熱やハンタウイルス肺症候群などのハンタウイルス感染症を発症します。毎年世界中で数万人のハンタウイルス感染症の患者が発生しています。

現在、ハンタウイルス感染症に対しては有効な治療法がないため、感染したげっ歯類との接触機会を出来る限り少なくすることが重要です。そこで、日本や海外で疫学調査を行って、流行地、ウイルスを保有するげっ歯類の種類、および流行中のウイルスの性質などについて調べています。

現在、日本では北海道のエゾヤチネズミがハンタウイルスの一種であるHokkaidoウイルスに感染していることが確認されています。最近、日本においては人のハンタウイルス感染症の発生は報告されていません。一方、極東ロシアでは、少なくとも3種類のげっ歯類がそれぞれ異なったハンタウイルスを媒介して、腎症候性出血熱が多発していることが明らかになりました。(図参照)

ハンタウイルス感染症の病態に関する研究

ハンタウイルスの感染は野生げっ歯類では無症状で持続感染するのに対し、人では急性のハンタウイルス感染症を引き起こします。

実験動物を用いて、野生げっ歯類と人の病態に類似したハンタウイルス感染モデルを作り、自然界でのハンタウイルスの存続機構や人におけるハンタウイルス感染症の発症機序の解明を目指しています。(図参照)