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牛では発情周期、生殖器および臨床徴候に異常を認めないにもかかわらず3回以上交配しても受胎しない牛をリピートブリーダー牛(repeat breeder cow、低受胎牛)といい、このように不妊交配を繰り返すことをリピートブリーディングといいます。この定義によれば、リピートブリーダー牛は一般の臨床検査では不妊原因を特定できない牛、あるいは生理的な異常はなく不適切な授精技術あるいは不適期授精により不受胎を繰り返す牛ということになります。臨床現場では、排卵障害、黄体形成不全および潜在性子宮内膜炎が疑われる長期不受胎牛が、十分な臨床検査を行われることなくリピートブリーダー牛とよばれる傾向にあり、リピートブリーディングの実態把握を困難にしています。リピートブリーダー牛は臨床検査により摘発可能な子宮の炎症、器質的または機能的異常がみられる雌、および発情発見に問題がみられる雌とは区別して考える必要があります。この点は、本当の意味でのリピートブリーダー牛に隠れている、受胎性低下につながる生理的な変化を明らかにする上で極めて重要です。
リピートブリーディングの原因は多岐にわたり、しばしば飼養管理の失宜が原因となりますが、生理面からみたリピートブリーダー牛の不妊原因は受精障害と早期胚死滅です。したがって、リピートブリーディング関する臨床研究では、供試牛の選抜にあたり受精障害および早期胚死滅の増加につながる異常の有無を調べることが、供試牛選抜の基本になります。
上記のように、排卵障害、黄体形成不全および潜在性子宮内膜炎など不妊原因となる潜在的な異常の精査には手間と時間が必要であり、一般的な診療業務の中で実施することは困難です。しかし、リピートブリーディングあるいは低受胎に関する臨床研究においては、人的・生理的要因の両面から考え得る不妊原因を排除し、供試する動物を精選することが不可欠です。
供試牛の精選作業は農場での作業前の準備から始まります。はじめて試験に参加する農場には、試験の意義、精選段階から試験終了までの全期間で実施する検査や処置の内容、費用負担、精選で除外される牛への対応、事故等発生時の対応等についてまとめた文書を作成し、農家毎に説明を行います。文書には、説明後に同意の旨を確認するための署名欄を設け、農家と試験責任者がそれぞれ保管します。
試験実施の1週間~2,3日前に、検査対象となる3回以上授精を繰り返しているが妊娠に至っていない牛の情報を入手します。この情報を基に、必要に応じて事前に農場を訪問し、追加の情報を収集することで検査対象牛のリストを作成します。作成したリストは農場と共有し、作業の所要時間、補助の必要性の有無、作業場所、作業の流れ等を打合せます。また、作業実施者および牛の安全確保に必要な作業補助者の手配等を確認します。
リピートブリーダー牛の精選に必要な技術の多くは、広く世の中に知られている技術ですが、それらの検査を正しく実施することが大切です。検査実施の目的は、発情周期、生殖器および臨床徴候に異常を認めないにもかかわらず3回以上交配を繰り返しても受胎しない牛という定義に当てはまる牛を選抜することです。前述のように、時間と手間を要する診断技術が多く含まれ、一部は特殊な機材を必要とするものも含まれます。
1)発情周期の確認
発情周期が正常(18日~24日)であるかを調べ、発情周期の不明あるいは不正な牛を排除します。
まず、牛群管理ソフト、繁殖台帳、ブリーディングカレンダーなど各農家で保管されている記録からそれぞれの牛の発情周期の情報を抽出し、3回以上授精している不妊牛をリストアップします。多くの農場では繁殖管理担当者が情報を把握しており、簡易なリストの作成に協力が得られます。このリストを基に実際の記録を確認して作業を行いますが、しばしば記録の不備や記載内容の不明点の確認などに時間を要するため、事前に農場を訪問しこの作業だけを実施します。
2)排卵確認
正常な発情周期を繰り返す牛については排卵を確認します。発情開始後36時間以内を目途に排卵が確認されている、あるいは授精翌日に排卵していることを確認します。スクリーニングの段階では、適切なタイミングで黄体が確認されている牛は残しておき、試験実施に伴う発情・排卵同期化の結果で最終的に供試の可否を判断します。
3)健康・疾病の記録
可能であれば、分娩時に遡って分娩時および周産期の異常、その後の疾病に関する記録も確認します。分娩時の異常は炎症性子宮疾患につながるため、生殖器の検査時には特に注意を払います。乳房炎や蹄病などの炎症性疾患は胚死滅の増加につながりますので、これらの病歴あるいは徴候の見られる牛は試験牛から除外します。また、分娩後のBCSの低下幅が1.25を超える牛は除外します。
4)乳量
リピートブリーダーの診断は概ね分娩後150日頃になります。この時点で1日あたりの乳量が40 kg/日を超える牛は除外します。一方、1日あたりの乳量が20 kgを下回る乳量の少ない牛は、分娩後の疾病の記録漏れや潜在性乳房炎などの可能性が高いため試験からは除外します。
5)気候
暑熱ストレスは不妊の原因となりますが、臨床試験を実施する上では地域によっては暑熱期に3回繰り返して交配しても受胎しなかった牛は対象外とします。
6)農場のマネージメントの変化
記録の精査の過程で、農場のマネジメントに大きな変化のあった牛群はその変化が牛に影響を及ぼして、受胎成績を低下させている場合が多くみられますので、受胎成績の解釈、試験への組み込みの可否は慎重に判断します。牛舎設備、搾乳施設、牛群編成の方法、飼料などのマネジメント変更の後で牛群の受胎成績が一旦低下し、その後改善されているような場合には、受胎成績が低下していた期間にリピートブリーディングを示した牛は試験から除外することが推奨されます。
1)身体検査
身体検査により対象牛の一般状態を評価します、あわせて乳房炎、蹄病、飛節の腫れなど炎症や消化器、代謝性疾患等の徴候のないことを確認します。
2)生殖器の検査
腟検査、直腸検査、超音波検査、細胞診などにより生殖器に異常のみられる牛を除外します。
i) 直腸検査
外陰部の所見を記録し、直腸検査により卵巣および子宮の状態を評価します。この時点で子宮の拡張や左右子宮角でサイズの不等などの所見がみられる牛は試験から除外します。検査時に尿腟の所見がみられた場合も、除外の対象とします。
ii) 超音波検査
直腸検査で異常のみられなかった牛を対象に卵巣および子宮の精査を行います。卵巣所見は記録用紙に所見図を記載し、大まかな発情周期のステージを把握するために卵胞サイズとその数および黄体のサイズとエコー源性を記録します。
iii) 子宮内膜細胞診
超音波検査で子宮に異常所見のみられなかった牛に対して実施します。この検査には子宮内膜組織生検による組織学的診断、サイトブラシによる細胞診、試験的子宮洗浄による細胞診の3つの手法があり、それぞれに長所と短所がありますが、供試牛のスクリーニングにおいては所要時間および実施の簡易さの点からサイトブラシによる細胞診を選択します。90%以上の牛で多型核白血球(PMN)の出現率は3%以下と10%以上に分かれますので、スクリーニングではPMN割合が6%以上のものは除外します。
iv) 腟検査
通常の検査の流れとしては、外陰部の所見、腟、子宮、卵巣の順に検査することが推奨されますが、腟鏡検査により腟内に空気が流入することでその後の直腸検査や超音波検査を実施しにくくなるため、腟検査は最後に実施します。
v) 卵管通気検査
臨床現場ではこの検査を実施する機会はありませんが必要に応じて実施します。特殊な機材を必要とすることに加え、これまでの検査項目で精選したリピートブリーダー牛においても卵管疎通の異常がみられる牛は2%以下であることから、必ずしも必要な検査ではありません。
スクリーニングを通過した候補牛は試験の前段階としてホルモン剤を用いた発情・排卵同期化を実施します。ホルモン剤による発情同期化は、その牛が投与したホルモン剤に対して適切な反応を示すことで、生殖内分泌系および卵巣機能の正常性が確認できます。ホルモン剤に反応しない牛、排卵が遅れる牛などは除外します。
上記検査で除外する牛については異常所見を含めたリストを作成し、追加検査や治療の必要性の有無を農場の担当者に丁寧に説明します。試験の性格上、通常の繁殖管理であれば治療せずに交配する牛も除外しています。また、治療の方針を決定するためには追加の検査が必要になる場合もありますので、農場担当者および担当獣医師が方針を判断するための情報を提供します。また、子宮や卵巣の異常の傾向などから、飼養管理や繁殖管理で留意すべき点があれば、あわせてアドバイスします。
この情報提供は農場が試験に参加する上での最大のメリットとなりますので、農場との信頼関係を構築し、円滑な試験実施につなげる最も重要なステップとなります。
・オステオポンチン腟内投与の準備と注入 (PDF)
リピートブリーダー牛対策に関する研究は以下の研究費の支援により実施しています。
・令和3年度事業 乳牛の低受胎対策技術の実行可能性検証事業
・令和6年度事業 新規低受胎牛対策による酪農経営健全化事業
・牛の精漿蛋白質による子宮機能調節機序の解明と受胎性改善技術への応用、基盤研究(A)(一般)19H009634
・牛子宮での上皮成長因子異常におけるToll様受容体4活性化の意義と治療への応用 (A)(一般)23H00353