放射線治療を受けられる飼い主様へ(補足資料2017)

HUVAROS Annual Report 2017

北海道大学動物医療センターにおいて、動物に対する高精度放射線治療を開始して早3年余りが経過し、600例を超える症例を治療させていただきました。当院では、これまで治療させていただいた症例の臨床データを地域の獣医師の先生方および飼い主様と共有すべく、定期的に治療成績の公開を行っております。従来の放射線治療と比較して、明らかに優れた治療成績が得られた疾患もあれば、高精度放射線治療に期待して来院していただいたものの、ご期待に沿うことができなかった症例も多数経験しております。また、様々な疾患を治療していく中で、現在は放射線治療の適応とは考えられていない疾患にも、本治療法で良好な結果が得られる可能性がある疾患もあることも示唆されてきております。本資料は、高精度放射線治療の正しい理解のもと、ご家族や地域の獣医師の先生方に適応症例を適切に判断していただくために公開している、2017年12月末までの当院における放射線治療成績の概要になります。ここでお示しする治療成績や記載内容は、今後の治療法の改善やデータの蓄積に伴って変更される可能性があることをご了解の上、ご愛犬・愛猫のために放射線治療を検討される際の参考にしていただければ幸いです。

1.治療対象動物の年齢

 「高齢なのですが、放射線治療に耐えられますか?」とのご質問は非常によく受けます。一般に手術よりもずっと低侵襲とされる放射線治療ですが、動物の場合には麻酔が必要になりますので、負担はゼロではありません。下の図は、これまでに放射線治療の適応と判断して治療させていただいた動物たちの年齢分布です。腫瘍とは高齢になってから発生する病気ですから高齢の動物が多く、10~14歳がピークとなることが見て取れます。このような高齢の症例たちでも、多くは特に問題なく治療を終了することができております。年齢そのものよりも、麻酔がかけられる状態かどうかが重要です。麻酔は専門の麻酔科教員の監督のもとで最も負担の少ないプロトコルで実施し、可能な限り短時間(通常は10分前後)で終了するように心掛けています。

 

2.どの地域からの症例が多いの?

 札幌市近郊からのご紹介が最も多く、同じ道内でも函館・旭川・帯広などの地域からの来院が少ない結果となりました。一方で、首都圏や本州のその他の地域からの紹介症例が約70例と、全体の1割を占めております。本州と比べて地理的に近いにもかかわらず、札幌以外の道内各地域からの治療例が少ない点について、考えられる理由としては、放射線治療の適応疾患の情報に乏しく、治療の適否を判断できないケースがあることや、通院や麻酔などの治療の負担が多いイメージがあることなどが挙げられます。従来の放射線治療は治療回数が多く(10~20回)、一回の麻酔時間も長くかかる「大変な治療」というイメージがありましたが、現在当センターで実施している高精度放射線治療では、定位照射法(SRT)による短期間での治療(1~3回の治療を1週間以内で完結させる方法)や、VMAT法による短時間かつ副作用の少ない治療(1回の治療時間を従来の4~5分の1に短縮し、かつ正常組織を避ける照射法)を導入し、動物とご家族の負担の軽減に努めております。放射線治療で比較的簡便に良好な治療成績を得られる腫瘍もあり、そのような症例が一例でも多く治療を受けられるよう、今後も受け入れ体制の充実と紹介元病院との情報の共有を計っていければと考えております。また、将来的には現在よりもさらに短時間に照射を終了できるよう、高線量率モードの導入を検討しております。

 

3.どの部位でも治療できるの?

 下の表は、2017年12月までに治療した症例の治療部位の内訳になります。鼻腔内にできた腫瘍や脳腫瘍の治療に用いられているのは従来と同様ですが、胸腔・腹腔・骨盤腔内の腫瘍の治療を行う機会も増加してきております。これは、高精度放射線治療では画像誘導放射線治療とよばれる技術を用いて、毎回の治療直前にCT撮影による1mm以下の高精度での位置照合が可能になったことによるものです。これにより、膀胱や肝臓などの位置照合の難しい部位の治療もできるようになりました。

 

4.実際に治療の負担はどのくらいなのですか?

 放射線治療の方法は、大きく分けて以下の3通りで、治療に伴う負担はそれぞれ異なります。治療の負担を数値化するのは難しいですが、治療を最後まで問題なく終えることができた割合(完遂率)を下のグラフに黄緑色で示します。

  1. 緩和的放射線治療(PRT)

    すでに全身状態が落ちてしまっている症例に対して用います。治療頻度は週1回ですので、治療そのものの負担は最低限ですが、病状の悪化により治療が途中で中止されることもあります。完遂率は78%となっております。

  2. 標準分割照射(FRT)

    腫瘍病変が周囲組織に浸潤している場合に用いられます。基本は週に5回、4週間前後かけて計15~20回の治療を行います。麻酔の負担や入院中の体調の変化によって治療を完遂することができない場合もまれにみられますが、82%の症例では問題なく予定の治療を終えることができております。

  3. 定位照射(SRT)

    腫瘍が比較的小さく、浸潤性も最小限であるという条件に合った場合のみ適用可能です。治療は3日間で計3回行われ、最も短期間で負担も最小限です。治療回数が少なく、もともと状態の良い症例が多いことから、完遂率は97%となっておりますが、100%ではないことに注意してください。

 

各照射スケジュールごとの完遂率

5.放射線治療がよく効く腫瘍とそうでない腫瘍はわかりますか?

 お問い合わせをいただくことの多い疾患の放射線治療の成績の概要を以下に示します。この他の腫瘍に関しては、個別にご相談ください。

脳腫瘍(髄膜腫・神経膠腫・下垂体腫瘍など)

 脳腫瘍は、頭蓋骨に囲まれており、高精度放射線治療を用いることで、効率よく腫瘍が狙い撃ちできる腫瘍です。比較的小型のうちに症状が顕在化して診断に至るケールが多く、放射線治療単独でも長期生存が期待できるケースが多い腫瘍です。小さい腫瘍の場合、定位照射法により短期間で治療が完了することから、治療の負担も最小限で非常に良好な予後が期待されます。また、腫瘍がホルモンを分泌するタイプの場合(下垂体腫瘍によるクッシング病や糖尿病など)、随伴する内分泌異常の改善も認められることも多くあります。上の表の成績は、すべての症例をまとめた生存率ですが、軽い症状の症例(間欠的な発作のみで意識障害や食欲の低下のない症例)に限れば、2年生存率は80%を超えております。

犬の鼻腔内腫瘍(腺癌・軟骨肉腫など)

 鼻腔内腫瘍も高精度放射線治療の良い適応とされる疾患ですが、悪性の挙動をとる腫瘍が多く、発見時には鼻腔外へと進展してしまっていることが多いため、治療成績は脳腫瘍と比較すると悪くなっております。治療後の再発も一般的で、治療に際してはご家族への十分な予後のインフォームが重要と考えております。ただし、従来の放射線療法と比較して、予後の改善は認められないものの、治療の副作用や治療のための麻酔時間は高精度放射線治療により大幅に低減されております。VMAT法による眼球・脳・皮膚への線量分布を抑え、定位照射法により従来3週間を要していた治療期間が最短で3日間に短縮できることは、大きなメリットです。

その他

 犬の甲状腺腫瘍や心基底部腫瘍(ケモデクトーマ)なども放射線治療の適応となります。この他にも放射線治療が有効な腫瘍は多々ありますので、詳しくは担当医にお問い合わせください。

放射線治療でご紹介いただくことが多いものの、顕著な治療効果が認められていない腫瘍

 進行した猫の口腔内扁平上皮癌、犬の扁桃の扁平上皮癌、犬の前立腺癌などでは、他の治療法が存在しないために放射線治療の対象とされることが多くありますが、残念ながら現状では満足のいく治療成績は上がっておりません。そのため、これらの腫瘍の治療においては、進行ステージに至る前の早期発見と早期治療が最も重要と考えております。特に猫の下顎扁平上皮癌では外科切除によって良好な予後を得ることも可能ですので、放射線治療以外の選択肢もご提案させていただくことがあります。

従来は放射線治療の適応とはされていなかったが、効果が認められている腫瘍

  • 犬の四肢の骨肉腫

     従来の断脚や義足に替わる患肢温存法として、放射線外科療法が用いられるようになっております。治療は一回の麻酔で終了し、侵襲性はありません。上腕骨や大腿骨など、周囲軟部組織の豊富な部位がベストな適応症例と考えております。橈骨遠位や脛骨に発生した骨肉腫にも適用することはできますが、皮膚障害が問題となることがあるため、適応の可否については症例の腫瘍の状況によって異なります。

  • 犬のクッシング病

     従来は下垂体巨大腺腫を伴わない限りは放射線治療の対象とはされておりませんでしたが、高精度放射線治療によって、5mm程度の腫瘍も治療可能となっております。現在まで北大にて治療させていただいた症例の多くは、内科療法に対する反応が改善し、必要な内服薬の量を減らすことができております。

  • 猫の糖尿病

     治療抵抗性の糖尿病の一部は、下垂体腫瘍(ソマトスタチノーマ)が原因の場合があります。診断は血液検査にて肝臓から出るホルモンの値を測定することによって確定します。高値の場合、下垂体への定位放射線治療により良好な反応がみられております。

  • 犬の多中心型リンパ腫

     化学療法のみでは寛解期間中央値は約9~10か月と短期間ですが、この期間を延長するのに半身照射法が有効とされます。北大でも大幅な寛解期間の延長が認められており(従来法257日vs放射線治療併用742日)、長期間無再発症例も認められるようになっております。

  • 犬の膀胱移行上皮癌

     膀胱は、高精度放射線療法によってはじめて正確に照射することができるようになった臓器です。従来は抗がん剤を主体として治療されてきており、生存期間中央値10か月前後とされている腫瘍ですが、放射線治療により約22か月に改善したとの報告もあります。直腸や尿管への副作用など、改善すべき点もある治療部位ですが、北大では外科的な膀胱の固定と放射線治療を併用することにより、これらの問題点を解決する試みを実施しております。

  • 犬の副腎腫瘍

     外科手術のリスクの高い副腎腫瘍に対して、放射線治療の有効性が報告されております(生存期間中央値34か月、Dorela, et al. 2016)。北大では、副腎腫瘍は外科的に治療することがほとんどであり、実際には放射線治療の対象となることは現在までにありませんでしたが、手術と並べてご提案できる選択肢と考えております。

  • 犬の肝臓腫瘍

     外科手術のリスクの高い肝臓腫瘍に対して、放射線治療の有効性が報告されております。北大では、肝臓腫瘍は外科的に治療することの方が多く、放射線治療の対象となった症例は多くはありませんが、文献上の報告とは異なり、全く反応しない症例も複数認めております。そのため、現状では外科手術を第一選択としてご提示し、外科不適応な症例の場合にのみ代替法として放射線治療をご提案しております。