ペットに対する抗がん剤治療

抗がん剤治療を受けられる飼い主様へ

 

近年、小動物医療においても、症例の高齢化に伴って、悪性腫瘍の患者さんが増えています。人医療と同様、動物の腫瘍の治療においても、抗がん剤は大きな役割を果たします。人医療での抗がん剤療法と比べ、ペット動物の場合、「可能な限り入院せずに、副作用なく通常通りの生活がおくれること」など、生活の質(Quality of Life: QOLと呼びます)をより重視した治療計画を組みます。「副作用がきつくて、長期入院になる治療」といったいわゆる抗がん剤のイメージとは大きく異なります。ただし、副作用が全くない治療ではありませんので、効果や副作用について正しく理解することが重要です。よく理解して、大切な家族の一員のために適切な治療を選んであげましょう。

 

1.どんな時に使われるの?

  抗がん剤治療(化学療法とも呼びます)がもっとも多く使われるのは、外科手術では取りきれない、全身性にできる腫瘍(白血病、リンパ腫など)や、診断時にすでに付近のリンパ節や肺などに転移してしまっている腫瘍、または悪性度が高く手術だけではすぐに肺などに転移が出てきてしまうことが分かっている腫瘍を治療するときです。このような腫瘍に対し、抗がん剤を投与することによって、全身性にがん細胞の増殖が抑制され、腫瘍の縮小や成長の遅延が期待されます。2013-05-09_090457.jpg

 

2.抗がん剤って、どのくらい効くんですか?       

  腫瘍の種類によってよく効く腫瘍と効きにくい腫瘍とがあります。例えば、犬で多い血管肉腫という腫瘍では、抗がん剤治療を行った場合と無治療の場合では、平均的な生存期間に3倍近い差が出ます。また、犬のリンパ腫という病気では、無治療での生存期間が約1ヶ月とされるのに対し、抗がん剤治療を行うことでこの余命が平均約1年、さらに4~5頭に1頭の割合で2年以上に延長します。また、抗がん剤がよく効くタイプの腫瘍では、がんによって弱っていた動物が抗がん剤によりまた元気な姿を見せてくれることも多くあります。最終的に病気が治るか治らないかだけではなく、治らない病気でもすこしでも長く元気に生活できるようにという目的で抗がん剤は用いられます。もちろん、病気の種類によっては、病気自体の完治が見込めることもあります。ただし、抗がん剤はなんにでも効くわけではありません。ご自分のワンちゃん・ネコちゃんのかかっている腫瘍が抗がん剤治療の対象になるかどうかは担当医にご相談ください。

人医療とくらべ、動物の抗がん剤治療はまだ歴史が浅いため、「xx%の症例で、xxヶ月くらい生存期間を延長する」といった様にはっきりと効果が立証されている対象疾患は残念ながら少なく、効果ははっきりとは立証されていない場合でも、「人で有効性が示されているから」、「理論上効果がある可能性が高いので」、といった具合に使われることも少なくありません。そのような場合には抗がん剤のメリットとデメリットをよく考えて治療を選択する必要があります。私たちが抗がん剤治療を提示するのは、

     1.抗がん剤が最も効果の高い治療法として有効性が立証済みの腫瘍の場合

2.動物での有効性は立証されていないが、すでに転移しているなど悪性度の高い腫瘍であり、抗がん剤を使用しなければ長期生存が見込めないことが予想される場合、かつ

3.使用しようとする抗がん剤の副作用が患者のQOLを悪化させる可能性が低いと判断される場合

といった条件を満たす場合であり、これ以外の腫瘍に対しては逆におすすめしないこともあります。場合によっては、抗がん剤を使用にあたっては判断がむずかしいこともあります。使用するかどうかは飼い主さんとご相談の上、最終的に抗がん剤治療を受けるかどうかを決めるのは飼い主さんやご家族になります。適切な判断ができるよう、疑問点はすべて担当医にご相談ください。

 

3.抗がん剤って、副作用がきついイメージがあります。動物でも大丈夫?       

  人で行われる抗がん剤治療と、犬猫で行われる抗がん剤治療では、薬の量などが全く違います。副作用も、人の治療で見られるひどい吐き気や脱毛といったものは、動物ではあまりみられません。人医療の場合、腫瘍の完治を目指して、強い副作用も治療のために必要なものと割り切って治療することがあります。これに対して、動物の場合には延命効果よりも普段のQOLの維持を重要視します。家族の一員として飼っている以上、ご家族と一緒に普段どおり過ごせてこそ、治療の意味があると考えられるからです。犬猫で見られる抗がん剤の副作用は、一般的な抗がん剤の副作用のイメージよりは、ずっと軽度なもの(にとどめられている)のことがほとんどです。もちろん、治る可能性が残されている腫瘍の場合や、長期生存が見込める場合では人と同様に積極的な抗がん剤治療を行うこともあります。QOLよりも延命効果を優先させるというわけではありません。長期間腫瘍の進行を抑えられれば、それだけ元気でいられる期間、QOLが高い期間が長くなるからです。その場合でも、治療中のQOLも大切にして、できる限り副作用が軽度ですむように多方面からサポートしながら治療を行います。

 

4.抗がん剤ってがん細胞だけに効くの?副作用はないの?

  抗がん剤はがん細胞にだけ作用するわけではありません。抗がん剤の多くは、分裂しているかどうかで悪性のがん細胞と正常細胞を区別します。通常、成長期を過ぎた動物の体の細胞は、すでに増殖をやめています。これに対して、がん細胞は活発に増殖するため、常に細胞分裂を盛んに行っています。抗がん剤とは、この細胞分裂をターゲットにして、分裂している細胞に選択的にダメージを与えます。

  ここで重要なのは、抗がん剤はがん化しているかどうかでがん細胞か正常細胞かを見分けているわけではない、ということです。分裂している細胞であれば、正常細胞でもがん細胞でも同じように障害されてしまいます。体の中の細胞のほとんどは分裂していない細胞たちですが、正常細胞の中にも常に分裂している細胞がいくつかあります。代表例を挙げると、骨髄(骨の芯にあり、血液細胞を作っているところ)の細胞、腸の粘膜細胞、毛根の細胞などです。これらの細胞は、正常でも毎日細胞分裂を繰り返して、新しい細胞を生み出して、古い細胞と入れ替わっています。抗がん剤を使うと、がんに効くと同時に、これらの細胞もダメージを受け、いろいろな副作用が出る原因となります。例えば、骨髄での細胞分裂がストップされれば、新しい白血球・血小板・赤血球が出てこなくなる、骨髄抑制という副作用が出ますし、腸管粘膜の細胞が傷害されれば、胃腸の粘膜が荒れて、食欲が無くなったり吐き気が出たりします。毛根の細胞が死んでしまえば、脱毛が起こり毛が薄くなります。がんの進行はコントロールしながら、これらの副作用が許容範囲内となるように抗がん剤の量をうまく調節するには、経験ある獣医師に担当してもらうことが重要です。

 

5.どんな副作用がみられるの?    

  動物の抗がん剤治療においては、QOLが重要視されるため、一般に副作用はそれほど強くはありません。一番多くみられるのは、「食欲の低下」や「吐き気・嘔吐」といった消化器毒性と、「白血球減少」「血小板減少」といった骨髄抑制です。人の抗がん剤治療とは異なり、脱毛は一部の例外をのぞいてほとんど気付かない程度にしか起こりません。抗がん剤の種類によって、注意すべき副作用は異なりますが、多くの抗がん剤に共通した副作用のパターンを説明します。

 

抗がん剤治療当日~2日後: 消化器毒性

  抗がん剤を投与すると、その当日~2日後にかけて、軽い吐き気が出たり、食欲が落ちることがあります。この消化器症状がでる確率は、軽い症状も含めると、だいたい20~30%程度で、多くの動物では吐き気は全く出ません。また、吐き気が出やすさは抗がん剤の種類によって異なります。副作用の強い抗がん剤では、約1割弱の症例で、強い吐き気がでたり食欲が全くなくなったりして、入院しなければならないこともあります。このような強い副作用が出てしまった場合には、入院下で適切な治療を行います(通常1~2日程度で回復します)。副作用が重度に出た場合でも、抗がん剤を中止する必要はなく、次の治療時から抗がん剤の量を調節して同じ副作用が出ないようにします。

 

抗がん剤治療5~8日後: 骨髄抑制

  抗がん剤投与後4~5日目くらいから、骨髄抑制により血液中の好中球が減少し始めます。好中球とは、体を細菌などから守っている白血球(免疫細胞)です。薬剤によって多少異なりますが、投与後約7日目に最下点となります。この好中球の数が低下している時期には、体が細菌に感染しやすくなっています。抗がん剤治療中は、好中球数が1,000~2,000/μL(通常の5分の1くらい)まで下がることがあります。好中球数が500~1,000/μL以下になってくると、細菌感染の危険が高まります。好中球が少ない状態で体内に細菌が入り込むと、血液が細菌に侵された状態(敗血症と呼びます)になり、非常に危険です。

  好中球が減少すること自体では何の症状も出ませんが、敗血症が起こると、急に発熱して非常に具合が悪くなります。抗がん剤投与後5~8日目で、とても元気にしていた子が急に元気や食欲が無くなったりしたら、敗血症の可能性があります。できるだけ早く病院へ連絡してください。適切な治療を開始すれば、1~2日で回復します。敗血症になってしまう確率は約5~10%です。治療中の白血球の数をチェックし、敗血症の危険を最小限にするために、抗がん剤投与の1週間後に血液検査をさせていただくことがあります。

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↑抗がん剤投与後の白血球(好中球)の増減と消化器毒性がでるタイミングのイメージです。副作用が出てしまう確率自体高くはありませんが、その期間も、抗がん剤治療中ずっと具合が悪いわけではなく、毎回の治療後、数日間のみ副作用がでる可能性のある期間があります。

 

6.副作用がこわいので抗がん剤はやりたくありません

  抗がん剤で見られる副作用は、投与量に依存します。投与量を多くすればどの子にも副作用が強く見られますし、投与量を下げればどの子でも全く副作用がでなくすることができます。個体差により、副作用の出やすい子と出にくい子がいますが、一般的には80~90%の子で副作用が出なく、10~20%の子では軽度の副作用がでる、くらいの投与量からはじめます。この投与量では、入院を要するような重度の副作用がでる確率は5%程度となります。

ですので、抗がん剤によって具合が悪くなる子の方が少数派です。もっと投与量を減らせば、副作用のリスクのない抗がん剤治療をすることも可能です。しかしながら、前に説明しましたように、抗がん剤は悪性細胞と正常細胞を見分けているわけではなく、分裂している細胞(がん細胞・骨髄細胞・腸の粘膜細胞)を一様に障害する薬ですので、副作用(正常細胞に対するダメージ)を軽減させるために抗がん剤の投与量を減らせば、がん細胞に対する効き目も減少します。これでは、抗がん剤治療をすること自体の意味がなくなってしまいます。よって、抗がん剤を投与するときは、その症例が副作用を出さないギリギリ最大の量をねらって投与します。もしこのやり方をして、一度目の抗がん剤投与で副作用が強く出てしまった場合でも、抗がん剤の量を適度に減らしてあげることで、2回目以降は副作用が出ないように調節していきます。こうして各症例にあわせてどれくらいの投与量なら副作用が出ないかをはじめの1~2回で見極めていきます。抗がん剤の副作用が強く出るリスクがあるのは、初回と2回目くらいまでです。それ以降は、初回および2回目の投与後に見られた副作用の程度によって、投与量を調節いたしますので、あまり副作用が出る心配がなくなります。個々の患者さんにおいて、どれくらいの量から抗がん剤をスタートするかは、患者の状態や臓器の機能によって異なりますので、十分な経験を積んだ本院の獣医師が判断しています。

 

7.抗がん剤は何回くらい打つの?         

  どの抗がん剤を何回投与するかは、ワンちゃん・ネコちゃんの腫瘍の種類によって変わります。動物の治療では、抗がん剤をやるかどうか、飼い主様ご家族が迷われることも多々あります。そのような時は、抗がん剤治療は受けるか受けないかの2択ではありません。ためしに治療を開始してみて、副作用が許容できないくらい強い場合は、途中で中止する、といったことも可能です。ただし、回数を重ねるほど副作用は出にくくなるということをご理解の上判断下さい。

 

8.入院はいらないの?        

  はい。基本的には治療はほとんど通院で行います。具体的には、治療日当日の午前中に連れてきて頂いて、身体検査と血液検査などを行った後、抗がん剤投与を行います。検査および治療にかかる時間は薬剤によって様々です。口から飲ませたり、注射で打つタイプの薬剤の場合は、1~2時間お待ちいただく間に検査と治療が終了することもあります。点滴で長時間かけて投与するタイプの薬剤の場合は4~5時間かかることもありますので、その場合は午前中にいったんお預かりして、午後~夕方にお迎えに来ていただくことも可能です。

  毎回抗がん剤を投与する前に、血液検査で副作用が強く出ていないか、動物の食欲元気などが落ちていないかをチェックし、問題がないことを確認の上投与します。その分検査に時間を要しますが、安全のためですのでご理解ください。

  また、抗がん剤治療中は2~3回に一回くらいの頻度で腫瘍自体が進行していないかもレントゲン検査などでチェックします。治療効果が十分認められない場合には、治療継続の是非や薬剤の変更などについて、再度ご相談させていただきます。動物を預けて外出される場合には、携帯電話などで連絡がつくようにお願いいたします。

 

9.通院頻度、費用はどれくらいですか?         

  毎回の費用については、ワンちゃん・ネコちゃんの体重や使用する薬剤の種類によってかなり異なりますので、くわしくは担当医にご相談ください。通院頻度に関しては、薬剤によって、投与頻度は週に1回のもの、2週間に1回のもの、3~4週間に1回のものなどがあります。例えば、3週間に1回投与する薬剤で治療する場合、初めの1サイクルは投与日とそのちょうど1週間後(血液検査のため)に来ていただき、2サイクル目からは3週間に1度、投薬のために通院していただきます。

 

10.ホームドクターでも治療してもらえますか?         

  お近くのホームドクターで治療の継続が可能かどうかは、病気の状態、薬剤の種類によって異なります。また、病院の方針などですべての動物病院で抗がん剤治療がおこなわれるわけではありませんので、ホームドクターでの治療をご希望の場合には本院の獣医師から直接ホームドクターの先生へご連絡して確認いたしますので、お気軽にご相談ください。

 

11.抗がん剤治療中はサプリメントを飲ませても大丈夫ですか?        

  がんに効くとされているサプリメントの中には、抗がん剤の作用を減弱させてしまう可能性のあるものもあります。ご自宅でペット用サプリメントを使用する際は、必ず担当医にご相談の上使用してください。

 

12.抗がん剤治療中は散歩やお風呂、トリミングなどにいっても大丈夫ですか?       

  はい。基本的には普段通りの生活を送っていただいて大丈夫です。抗がん剤の種類によっては、投与後1~2週間くらいはお風呂や爪切りを控えた方が無難なものもありますので、かならず担当医にご確認ください。

 

13.抗がん剤治療中に自宅でやらなければいけないことはありますか?    

  副作用を予防するため、ご自宅で吐き気止めや抗生物質を飲ませていただくことがあります。また、食欲低下や元気の低下、発熱の有無などを注意してみていただく必要があります。消化器症状が重度の場合(吐き気が治まらない・食欲が全くないなど)、敗血症が疑われる場合(治療後1週間くらいで急に元気・食欲がなくなった・体が熱っぽいなど)には本院に必ずご連絡ください。敗血症のサインを見逃さないため、ご自宅に体温計を用意していただくと便利です。動物の平熱は37.5~38.5℃くらいですので、体温が39.0℃以上の時には敗血症の可能性があります。

 

14.副作用のない抗がん剤治療はできますか?        

  従来の抗がん剤よりも、もっとがん細胞に特異的にダメージを与える抗がん剤治療を、「分子標的療法」とよび、一般的な骨髄抑制や消化器毒性といった副作用が出にくい治療として注目されています。ただし、これらの薬を使うには、がん細胞に特異的な目印(異常タンパクなど)が発現していることが必要で、動物の腫瘍ではまだまだ適応は限られています。分子標的療法が有効な腫瘍に関しましては、遺伝子検査により分子標的療法の標的タンパクが発現しているかどうかが調べられますので、適応になる場合は従来の抗がん剤治療よりもこちらをおすすめする場合があります。

  また、メトロノーム療法という、少量の抗がん剤を毎日反復してご自宅で内服させる治療法を行うこともあります。この方法では、少量の抗がん剤を常に体の中に入れることで、腫瘍に酸素や栄養分を運ぶ新しい血管が形成されにくくなったり、免疫系を改善して、体を腫瘍が免疫システムから攻撃されやすい環境にするなどの効果が期待されます。この治療法は、1回1回の投与量が微量のため、従来の治療法と比較して吐き気などの副作用が出にくいのが特徴です。ただし、本治療法が有効な腫瘍とそうでない腫瘍とがありますので、くわしくは本院の担当医にご相談ください。

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