遺伝子、DNAとは?

 からだを構成する細胞1つ1つには核があります。その中をのぞいてみると染色体があり、さらにもっと細かく見てみるとDNAの長いつながりでできています。この今や日常会話でも使われる「DNA(デオキシリボ核酸)はいわば設計図であり、1つの細胞、1つの核のなかにあるDNAの文字(塩基配列)はなんと20-30憶個もありますが、DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて凝縮することで非常にコンパクトに核の中に納まっています。

 

 

 生物のからだを形作っている細胞では、この情報を基に主にタンパク質が中心に働き、体の細胞や臓器が作られます。そのタンパク質の構造にかかわる暗号部分と、その暗号の読み取りを指令する部分が遺伝子です。

 この遺伝子ですが、ヒトや犬、猫には約3万個の遺伝子があると考えらえています。多くの遺伝子は細胞が正常に働くために欠かせない機能をもつため、設計図であるDNAの配列がかなり厳密に定められています。この厳密に定まった遺伝子配列を用いてイヌやネコの病気を検査・診断するのが遺伝子診断です。

獣医領域における遺伝子診断はヒトのそれと比べるとまだまだ検査項目は少ないですが、以下のものがあります。

 

1)がんの診断
血液のがん(犬、猫のリンパ腫などリンパ系腫瘍)などでは、病気の診断の補助としてがん遺伝子検査を行うことがあります。

2)薬が効きそうかについての判断
犬の肥満細胞腫では、生検や手術などで取り出したがんの組織の遺伝子を検査することにより「薬が効きそうかについての判断」を行います。

リンパ球クローナリティ検査

 血液のがんの一種であるリンパ腫などのリンパ系腫瘍では、構成される細胞群が均一なもの(クローナルである、といいます)かどうかの判別をすることによって、他の診断方法(病理検査、画像診断など)とともに確定診断の一助とします。この検査では、リンパ球だけにおこる遺伝子再構成というメカニズムを利用して検査を行います。遺伝子再構成とは、日本人の利根川進博士(この業績によって1987年にノーベル生理学・医学賞受賞)によって発見されたリンパ球だけに起こる非常に洗練されたメカニズムです。

 白血球の1つであるリンパ球は、異物(病原体など)を認識するために細胞の表面にアンテナのようなもの (免疫グロブリンやT細胞受容体とよびます)を持っています。

 多量かつ様々に存在する異物それぞれに対して体の免疫はカバーする必要があるため、体内のたくさんのそれぞれのリンパ球がそれぞれちょっとずる異なったアンテナを持って準備しています。このちょっとずつ異なるアンテナを設計するためのメカニズムが遺伝子再構成で、V遺伝子、J遺伝子などと呼ばれる遺伝子断片を組み合わせることによって膨大な多様性が生まれるのです。このように各リンパ球はゲノムDNAを「再構成」して、それぞれのリンパ球が固有のゲノムDNAを作り出しています。

 

 

 

 このことを利用すると、さまざまなリンパ球が混ざり合った「正常」リンパ球の集団(正常な血液やリンパ節)では、抽出されるアンテナ遺伝子も多様であり、その配列も長さもばらばらです。一方、一つのリンパ球が腫瘍性に増殖を起こした状態であるリンパ腫などのリンパ系腫瘍においては、アンテナ遺伝子配列はすべて同一です。そこで、アンテナ遺伝子を増幅するPCRをおこなった場合、さまざまな長さの増幅産物が検出される正常サンプル(クローン性なし)と、1種類の増幅産物が特異的に検出されるリンパ系腫瘍サンプル(クローン性あり)を区別することができるのです。ですので、リンパ球クローナリティ解析とは、1種類(2種類以上の場合もあります)のリンパ球がリンパ球集団の中で大多数を占めていることを検出する解析法です。よく間違われるのですが、「腫瘍か否か」を判定する方法ではありません(重要です)。しかしながら、ほぼ単一のクローンで占められていれば腫瘍性増殖が強く疑われます。アンテナもT細胞とB細胞で異なった種類がありますので、T細胞レセプターγ鎖 (TCRγ) 遺伝子のクローン性再構成が認められた場合にはTリンパ系細胞の腫瘍性増殖が、免疫グロブリン重鎖 (IgH) 遺伝子のクローン性再構成が認められた場合にはBリンパ系細胞の腫瘍性増殖が疑われます。リンパ球クローナリティ検査はリンパ系腫瘍診断の「補助」診断ツールとして有用ですが、単独で確定診断の根拠とすることはおすすめしません。診断に際しては、病理組織学的所見や細胞診所見と合わせて判断することが大切です。

診療日

 
担当医 山崎 山崎 山崎 山崎 山崎

※当科を直接受診することはできません。各診療科にお問い合わせください。

診療科スタッフ

教員

山崎 淳平

技術補助員:横山 晶子

疾患の紹介

クローナリティ検査の例

犬、体表リンパ節の腫れで来院。リンパ節の針吸引、細胞診検査にて、写真のような細胞が顕微鏡下で認められました。

本細胞集団が、リンパ球の腫瘍性増殖によるものか判断するためにクローナリティ検査を行いました。

その結果、本症例では、

T細胞レセプターγ鎖 (TCRγ) 遺伝子の2種類についてクローン性再構成は認められません(何もない、もしくはボヤっとしたもの)が、

免疫グロブリン重鎖 (IgH) 遺伝子の4種類のうち2種類にてクローン性再構成(B1、B2)が認められます(一本のシャープな線)。

検査の再現性を担保するために、それぞれ2回PCRを行っています。(Cは陽性対照)